🕊 虐殺政権からの解放の日とは?
カンボジアの「Victory over Genocide Day(虐殺政権からの解放の日)」は、毎年1月7日に行われる国家的記念日です。1979年1月7日、ベトナム軍を主体とした連合軍が首都プノンペンを制圧し、ポル・ポト率いるクメール・ルージュ政権が崩壊しました。この日は、カンボジア国民が残虐な独裁政権から解放された日として、広く記憶されています。
📜 歴史的背景
1975年から1979年にかけて、クメール・ルージュは極端な共産主義政策を掲げ、都市住民の農村強制移住、貨幣の廃止、教育や宗教の禁止などを強行しました。結果として、飢餓、労働、拷問、処刑により170万人以上が命を落としたとされます。
プノンペンを脱出した知識人や専門職の多くが虐殺の対象となり、「メガネをかけているだけで資本主義の象徴と見なされる」と恐れられたほどでした。
⚔ 解放の瞬間
1978年末、ベトナムはクメール・ルージュの国境侵犯や難民問題を理由に軍事介入を開始。1979年1月7日、プノンペンが陥落し、ポル・ポトはジャングルに逃亡。カンボジア人民革命党(現・人民党)主導による新政府が樹立されました。
人々はベトナム軍を「解放者」として迎え、廃墟と化した都市に再び人が戻り始めました。この日は、カンボジアにとって新しい時代の幕開けでした。
🌏 国際社会の反応と議論
当時の冷戦構造により、アメリカ・中国・タイなどは新政府ではなく、亡命したポル・ポト派(クメール・ルージュ)を国連の正統政府として支持し続けました。皮肉にも、世界の舞台でクメール・ルージュが議席を持つ状態が1982年頃まで続きます。
🎉 現在の記念行事
カンボジアでは1月7日を「国家の再生の日」として祝います。政府主催の式典や記念演説、花火、歴史展示などが全国で開催されます。近年では国際社会に対する歴史教育や、若い世代への啓蒙の一環としても活用されています。
🧠 豆知識
- この記念日は、政治的立場によって意見が分かれることもあります。
- 一部では「侵略の始まり」と見る向きもありますが、多くの国民はこの日を「命を救われた日」として記憶しています。
💬 最後に
1月7日は単なる記念日ではなく、カンボジアの歴史、再生、そして平和への願いを象徴する特別な日です。この日を学び、理解することは、過去の悲劇を繰り返さないための第一歩でもあります。

